睡眠Vol. 045分で読む

夜のお酒が、奪っていくもの。

入眠は早まる。けれど後半のREMが消え、深い眠りが3割減る。

What the night drink takes.
SLEEP — WHAT THE NIGHT DRINK TAKES

夜のお酒が、
奪っていくもの。朝に、それは残る。

1杯あれば寝つきは早くなる。これは経験のとおりだ。けれど眠りは、寝入る瞬間で終わらない。後半に何が起きているか。アルコールが取り去っているのは、記憶や感情の整理に関わる、もっとも繊細な層である。

ベッドサイドのグラス。前半の鎮静と、後半の代償。Plate II

前半の眠り

寝つきはたしかに早くなる。

Ebrahim(2013, Alcoholism: Clinical and Experimental Research)のシステマティックレビューによれば、就床前のアルコールは入眠潜時を短縮し、前半の徐波睡眠を一過性に増やす。鎮静作用は、寝つきを助ける方向に働く。ここまでなら、夜の1杯は擁護できそうに見える。

問題は、その効果が1晩のなかで持続しないことだ。代謝が進むにつれて中枢への作用は反転する。前半でつくられた深い眠りの貯金は、後半に向かって、利息のように引き出されていく。

PAINTING — Hopper, Nighthawks1942 · Art Institute of Chicago
エドワード・ホッパー『ナイトホークス』 · Edward Hopper, Nighthawks

深夜のダイナーに、4人の人物が黙って座っている。ガラスの内側の光は明るく、外の街は黒い。眠れない夜のために用意された場所が、世界にはたしかにある。お酒はその場所をやさしくする。けれど、朝のための時間を借りていることも、ホッパーの絵は静かに告げている。

後半の眠り

REMが削られ、覚醒が増える。

Gardinerらの2025年メタ解析では、少量の飲酒でもREM睡眠への影響がみられ、量が増えるほど影響が大きかった。寝つきの短縮は主に高用量で認められた。REMは記憶の整理や感情の処理に関わる時間帯であり、量だけでなく出現の位相も意味を持つ。

朝起きたときの「眠ったはずなのに疲れている」という感覚は、睡眠時間の問題ではないことが多い。後半の構造が崩れているのだ。何時間眠ったかではなく、どの層が削られたか。アルコールが奪うのは、もっとも回復に近い時間のほうである。

“彼が必要としていたのは、清潔で、明るい場所だった。”
— アーネスト・ヘミングウェイ『清潔で、とても明るいところ』(1933)
夜の最後の1杯と、朝の最初のカップ。借りたものと、戻らないもの。Plates VI–VII

静かな約束

飲むなら、就寝の3時間前までに終える。

完全な禁酒を前提にする必要はない。臨床で繰り返し勧められてきたのは、寝酒を避け、飲酒量を純アルコールのグラムで把握することだ。3時間前や日本酒1合までなら睡眠への影響がなくなる、という保証はない。代謝の半減期を考えれば、これでも充分に保守的とは言えない。けれど、現実のなかで守れる線は、たぶんこのあたりにある。

寝酒の習慣を、別の儀式に置き換える。湯を張る、本を開く、明かりを落とす。ベッドに入る前に、夜を区切る所作があればよい。アルコールが担っていた「区切り」の役割を、もっと静かなものに渡していく。

翌朝のテーブル。空のグラスと、朝の光。Plate VIII
CODA:編集後記

ホッパーが描いた深夜のダイナーは、眠れない夜に必要な場所が確かにあることを教えてくれる。けれど、夜の1杯が朝の自分から借りているものは、レム睡眠という、もっとも返済しにくい通貨である。3時間前に終える、という約束だけ、今夜の自分と結んでみる。

編集部

WordsAMPL Editorial

EditorKen Okamoto, MD