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睡眠サイエンス最前線第6回:レム睡眠の謎と“人工冬眠”研究:深い眠りと休息の境界線

レム睡眠(REM睡眠)とは?

“夢を見やすい”不思議な睡眠状態

睡眠は大きく「ノンレム睡眠」と「レム睡眠」に分類されます。レム睡眠(Rapid Eye Movement Sleep)は、目玉がキョロキョロと急速に動くのが特徴で、この時期に“夢”をみる頻度が高いとされます。脳波を見ると、レム睡眠中はノンレム睡眠に比べて覚醒時に近いパターンを示し、脳の一部は活発に活動しているにもかかわらず、骨格筋は“脱力状態”になっているという矛盾をはらんだ状態です。

ポイント:

  • 脳:部分的に“起きている”
  • 身体:筋トーヌスが極端に低下(情動脱力のような現象が起きやすい)
  • 夢や記憶処理との関連が指摘

レム睡眠の機能:記憶・学習・感情処理

ノンレム睡眠(深い眠り)が主に肉体・脳の疲労回復に寄与すると考えられてきた一方、レム睡眠は記憶の再構成や感情処理に重要な役割を果たすという説が有力です。具体的には、脳内でのシナプス再編や新しい学習内容の固定化、不要な記憶の整理などに関わる可能性が指摘されています[^1]。

レム睡眠の謎:なぜこんな“アンバランス”な状態が必要?

フリップフロップ回路とレムスイッチ

脳の視床下部や脳幹には、レム睡眠を誘導・維持する特定の神経集団が存在します。オレキシンが“正しい覚醒”を支える物質である一方、レム睡眠はポン(橋)や延髄などの領域が主導しているといわれ、ノンレム睡眠との切り替えメカニズムは「フリップフロップ・スイッチ」モデルとして提案されています[^2].しかし、なぜ一部の脳を覚醒状態にしてまで体を脱力させる必要があるのかは、完全には解明されていません。そこが「レム睡眠は研究者にとって最後のフロンティア」とも言われる理由です。

進化的視点:鳥や一部の海洋哺乳類でもレム様状態

レム睡眠は哺乳類や鳥類で確認され、イルカなど一部の海洋哺乳類では片半球睡眠(左右の脳を交互に寝かせる)を行いながらレム様の状態を示すなど、多様な形で存在します。睡眠と覚醒が混在したようなこの現象は、脳の進化や生存戦略の観点でも大きな興味を引くポイントです。

“人工冬眠”研究:冬眠は究極の睡眠?

冬眠とは何か

ヒトなど多くの霊長類は冬眠をしないとされていますが、リスやコウモリ、一部のハリネズミなどは、体温を大幅に下げ、代謝率を極端に抑える冬眠を行います。これにより食料が乏しい冬を省エネ状態で乗り切るわけです。冬眠中はレム睡眠という形ではなく、体温が低下して脳波も低活動状態になるため、一種の“深いノンレム睡眠”に近いとされます。

マウスに“人工冬眠状態”を誘導

近年、筑波大学の桜井武・高橋丈二らのチームが、視床下部のある特定の神経集団(QRFP産生ニューロン)を活性化することで、通常冬眠しないマウスを冬眠状態に“誘導”できるという画期的実験結果を発表しました[^3].マウスの体温が20度前後まで下がり、代謝率や心拍数が大幅に落ちても健康に耐えられることを示したこの成果は、「人工冬眠」の実現に向けた大きな一歩といえます。

人工冬眠が切り開く未来

救命医療への応用

もし人間でも安全に“体温セットポイント”を下げられるようになったら、心臓発作や脳卒中などの患者を一時的に低代謝状態にして時間を稼ぐ、という救命救急医療の手段が確立するかもしれません。高い酸素供給を必要としない分、臓器のダメージを最小限に抑えられる可能性があります。

宇宙長期ミッションのヒント

火星探索やさらに遠方の惑星移住など、数カ月〜数年単位の宇宙飛行をする際にクルーを冬眠状態にする構想はSFの定番ですが、実際に研究が進められています。「ハイバネーション(hibernation)技術」と呼ばれ、冬眠による代謝低下で宇宙船内の食糧・酸素・スペースを削減できる可能性があり、将来的な有人深宇宙飛行を支える発想として注目されています。

レム睡眠と人工冬眠:どこが繋がるのか?

“低活動” vs “選択的活動”

冬眠はレム睡眠のように「局所的に脳が活性化」している状態ではなく、全身の代謝を落とす極端な生理反応です。一方、レム睡眠は体を脱力させつつ、一部の脳回路はフル稼働に近い活動を見せるという真逆の特徴があります。それでも共通点として、“体を安全にオフライン化する” という大きな意味では近い部分があるかもしれません。脳が大胆な“休息戦略”を使う手段の一つがレム睡眠、極端に踏み込んだのが冬眠、とも言えます。

脳全体の休息戦略を解明する鍵

レム睡眠と人工冬眠はそれぞれ異なる現象ですが、「脳や体の活動を制御し、オフライン化するメカニズム」という点で共通する研究テーマが存在します。中枢神経系をどうやって安全に休めるのかは、生物学的にも医学的にも大きな謎です。

次回予告 〜 “睡眠をどう測る?” 技術の進化とAI解析

次回第7回では、少し路線を変えて「睡眠計測技術」の話題に移ります。病院で行うポリソムノグラフィー(PSG)の課題や、自宅で簡易的に脳波やSPO2を測定できる新デバイス、AI解析の進化などを紹介し、「正確な睡眠データの取得」が研究や医療にどう寄与するかを解説する予定です。ぜひご期待ください!

【参考文献・関連資料】

  • Dang-Vu TT, et al. “Spontaneous brain rhythms predict sleep stability in the face of noise.” Curr Biol. 2010;20(15):R626–R627.(レム睡眠と脳活動に関する研究)
  • Lu J, et al. “Effect of lesions of the ventrolateral preoptic nucleus in rats on NREM and REM sleep.” Sleep. 2000;23(4):S79–S80.(フリップフロップ回路に関するデータ)
  • Takahashi TM, et al. “A discrete neuronal circuit induces a hibernation-like state in rodents.” Nature. 2020;583:109–114.(人工冬眠誘導の画期的研究)
  • Jastroch M, et al. “Seasonal Control of Mammalian Energy Balance: Recent Advances in the Understanding of Daily Torpor and Hibernation.” J Mol Endocrinol. 2016;57(2):R79–R90.

【まとめ】

  • レム睡眠は“脳は部分的に覚醒、身体は脱力”という矛盾した状態で、夢や記憶整理との関連が強く示唆される。
  • 冬眠は全身の代謝を大幅に下げ、体温を20度前後まで落としてしまう生理戦略で、ノンレム睡眠の延長線上にあると考えられる。
  • 人工冬眠の成功事例(マウス実験)は、医療・宇宙開発などの分野で大きな可能性を開く。
  • レム睡眠と冬眠は逆のように見えるが、“脳と身体を安全に休ませる極端な手段”という点で共通課題があり、睡眠研究の将来の発展を示すトピックでもある。

レム睡眠の詳しい機能解明もまだ途上です。冬眠にしても、ヒトへの応用はそう簡単ではありません。しかし、こうした極端な睡眠・休息状態を探る研究から、私たちの脳と体が“眠り”にかける多大なエネルギー調整やリスク回避が浮かび上がってきます。

【この記事を読んで今日からできるアクション】

  • 夢日記をつけてみるレム睡眠中に見た夢を記録することで、自分のレム睡眠のタイミングや質に関心を持つ。
  • 自分が寒さや気温変化で眠くなりやすいか観察温度による睡眠誘導のメカニズムに着目し、寝室の温度設定などを工夫するヒントに。
  • 最新の睡眠研究に目を向ける人工冬眠や冬眠遺伝子研究などのニュースをチェックし、医療や未来技術の可能性を知る。

おわりにレム睡眠は私たちが“夢を見る”神秘的な瞬間であると同時に、脳の一部が覚醒に近い状態になるなど、まだまだ謎が多い領域です。一方、まるで生きながら眠り続ける「冬眠」を人工的に再現する技術も徐々に進歩しています。こうした極端な生理現象を探ることが、“眠り”そのものの本質を解き明かすカギになるかもしれません。次回は「睡眠計測技術の進化とAI解析」へと話題をシフトし、“正確に睡眠を測る”ことがなぜ難しく、なぜ重要なのかを見ていきます。どうぞお楽しみに!

この記事を書いた人

岡本 賢

医師。愛育病院で小児科の臨床に立つかたわら、日経メディカルで連載。CrossFit Level 1 Trainer の資格を持ち、HYROX にも出場する。Business Athlete Club では、運動・睡眠・栄養の研究を、働く人の毎日の選択に訳して届けている。

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