運動Vol. 036分で読む

歩数は、自分の今から。

歩数と死亡リスクの関連を、年齢と活動量から考える。全員に同じ最適値はない。

Ten thousand, a marketing myth.
MOVEMENT — STEPS

歩数は、
曲がる。

「1日10,000歩」は、1965年に日本のメーカーが「万歩計」というネーミングで売り出した数字に過ぎない。それから60年、エビデンスがやっと追いついた。歩数と寿命の関係は直線ではなく、カーブで、年齢ごとに「ヒジ」の位置が違う。本号は、その曲線の地形図を歩く。

“An early-morning walk is a blessing for the whole day.”
— Henry David Thoreau, Walking (1862)
「早朝の散歩は、1日全体への祝福である」
玄関に揃えられた靴。今日の歩数は、ここから始まる。Plate II

Paluch 2022 が描いた地形

四大陸・15コホート・47,000人。歩数と全死亡率の関係を年齢別に描いた、最大規模の図。

Lancet Public Health 2022年に出た Paluch AE のメタ解析は、北米・欧州・アジア・オセアニアの15のコホート研究を統合し、加速度計で測られた歩数と全死亡率の関係を、年齢層別に描いた。総人口は47,000人余り、追跡は中央値で7年。

結果のカーブは、世代をまたいで2つの教訓を残した。第1に、歩くこと自体は、ほぼすべての年齢層で死亡率を下げる。第2に、歩数と寿命の関係は直線ではなく、ある点を境にプラトー(横ばい)に入る。曲線の「ヒジ」は、若者と高齢者で別の場所にある。

ESSAY — In Praise of Sauntering1862
H.D.ソロー『歩く』 · Henry David Thoreau, Walking (The Atlantic Monthly)
I have met with but one or two persons in the course of my life who understood the art of Walking, that is, of taking walks—who had a genius, so to speak, for sauntering.

ソローはコンコードの森を毎日4時間歩いた。彼にとって歩数は数字ではなく、思考の作法だった。Paluch のカーブが描く「ヒジ」とは、おそらくこういうことだ。歩いた歩数より、歩こうとする日々の連続のほうが、寿命に効いている。

年齢で変わる、ヒジの位置

若者は8,000〜10,000、高齢者は6,000〜8,000。プラトーの場所が違う。

Paluchらの観察メタ解析では、60歳未満は1日8,000〜10,000歩、60歳以上は6,000〜8,000歩付近で死亡リスクとの関連の曲線が緩やかになった。これ以上は健康上の意味がなくなるという結果ではない。

年齢別に関連の曲線は異なる。ただし、違いが運動強度の蓄積効率によると、この解析だけで決めることはできない。体力や健康状態に合わせて活動を考えたい。

A simple ritual / 日々の作法
<60y
8,000〜10,000歩でプラトー
≥60y
6,000〜8,000歩でプラトー
デスク
ベース 3,000〜5,000歩
+10分
今の歩数を確認し、無理なく追加する編集例
想定例:仕事帰りの散歩

仕事帰りに川沿いを歩く場面を想定します。今日はどこを、どのくらい歩いたか。歩数の数字だけで十分だったと決めず、翌日も続けられそうかを振り返るための例です。

編集部による想定例
5,000歩の足と、8,000歩の足。曲線がいちばん急に曲がる場所。Plates VI–VII

リターンは、ヒジの先で逓減する

10,000歩はヒジの少し上にある。ムダではないが、必須でもない。

歩数曲線の特徴は、最初の数千歩で死亡率の急峻な低下が起き、ある点を境に追加効果が薄れていく形にある。経済学でいう「限界収益逓減」の典型で、ヒジの位置が10,000歩より少し低いところにあるということが、Paluch のメタ解析の中核的な発見だった。

つまり「10,000歩」というキャンペーンは、間違ってはいないが、最適でもない。多くの人にとっての本当の課題は「5,000歩から8,000歩に届かせる」ところにあって、「8,000歩から10,000歩に伸ばす」ところではない。曲線の急峻な部分に居る人こそ、追加の十分間が大きな差を生む。

“Solvitur ambulando — It is solved by walking.”
— Latin proverb (St. Augustine, attrib.)
「歩いて、解け」(ラテン語の古諺)

現実の歩数を、設計する

通勤、昼休み、買い物。今の歩数と、追加できる場面を確かめる。

デスクワーカーの平均歩数は3,000〜5,000歩で、これだと多くの場合スイートスポットに届かない。けれど通勤、ランチタイム、夕食の買い物、3つの自然な動きを足すだけで、6,000〜8,000歩には届く。夜に10分の散歩を入れることは編集部の例だ。到達する歩数は今の活動量や歩き方で異なる。

歩数計の数字を上げる必要はない。むしろ、歩数は結果でしかなく、目的は「動かない時間の塊を生まない」ことにある。1日のうちに2時間以上座り続ける時間を作らない、それが歩数の自然な底上げを生む。

歩数の統計

数字で読む、歩くことの価値。
8,000
60歳未満のスイートスポット下限
6,000
60歳以上のスイートスポット下限
47,471
Paluch メタ解析の総人口
関連
歩数が多い群ほど死亡リスクが低い
1965
「万歩計」発売年
+10min
散歩を足す編集部の試案
夕暮れの公園、誰もいないベンチ。歩数は数字の前にあった。Plate VIII
CODA:編集後記

10,000歩は、1965年のキャッチコピーだった。Paluch が示したのは、その数字を捨てよということではなく、もっと低い場所にヒジがあるということだった。歩くという行為は、数字に還元される前から、もっと古い祝福である。今夜、もう一駅手前で降りる。たぶん、それで充分である。

編集部 / おかもん先生

WordsAMPL Editorial

EditorKen Okamoto, MD