酒、最も安全な量は
ゼロという結論。
「適量の酒は健康にいい」という物語は、長らく医学の例外的な楽観論だった。それが、2018年に静かに崩れた。残ったのは、少なければ少ないほどよい、という直線。
GBD 2016 Alcohol Collaborators の 2018 Lancet は、195カ国・26年間のデータを統合した最大規模の解析。「健康へのトータルの影響が最も小さくなる飲酒量は、ゼロ」と結論。少量で心血管リスクが下がる効果は、がん・外傷・感染症のリスク増を相殺できない。2016年だけで約280万人がアルコール関連死。
Wood 2018 Lancet は、83の前向き研究・599,912 人の個人データを統合し、週100g(約7標準ドリンク)以下で全死亡率が最低と示した。それを超えると死亡率は直線的に上昇。脳卒中・心不全・大動脈瘤・致死性高血圧では用量依存に増加。Jカーブが残るのは「心筋梗塞だけ」、しかも他の害で相殺される。
高校教師4人が、血中アルコールを一定に保てば人生は豊かになるという仮説を立て、自らを実験台にする。前半の高揚は、やがて制御を失っていく。映画が描くのは「適量」という幻想の輪郭そのものだ。スクリーンの上で崩れていく仮説は、観察研究のJカーブが交絡で崩れた経緯とどこか重なる。第93回アカデミー賞・国際長編映画賞受賞。
Millwood 2019 Lancet は、中国カドゥーリー・バイオバンクの50万人を、ALDH2/ADH1B 遺伝子変異(飲酒量を遺伝的に決める)でランダム化に近い設計で解析した。アルコールの心血管「保護効果」は遺伝的にアルコール耐性が高い人でも消え、逆に脳卒中・血圧上昇は明確に増えた。観察研究の Jカーブは、交絡によるアーティファクトと結論。
Stockwell 2016 J Stud Alcohol Drugs の87研究メタ解析は、観察研究の「適度な飲酒者は健康」現象が、病気で禁酒した元飲酒者を「非飲酒者」群に混ぜることで生じる abstainer bias で説明できると示した。研究デザインの限界が、20年の常識を作っていた。
少量なら健康にいい、という20年の常識は、混ぜ方ひとつの偏りから生まれていた。遺伝子でランダム化すると、保護効果は消える。残ったのは、少なければ少ないほどよい、という一本の直線。今夜のグラスを、一杯ぶん軽くしておく。